アキバのつぶやき

2025.07.19

夏休み

 枚方市の小中学校は、今日から夏休みに入りました。子どもたちにとっては楽しいシーズン到来。翻って、私の昭和の夏休みといえば、今のようなスマホもエアコンもない、けれど心は妙に豊かだった季節。

 
 朝はラジオ体操から始まり、首からカードをぶら下げて出席印を集めた。蝉の声がうるさいほど響き、朝の十時までは自宅から出てはいけないというルールがありました。朝の時間にできるだけ宿題をするようにとの計らいだったのでしょう。


 十時を過ぎると麦わら帽子をかぶって、林や森へ行って昆虫採集したり、川や池に魚釣りに出かけたものです。昼ご飯といえば、冷やしそうめん、冷やし中華。おやつはスイカ。


 午後は扇風機の前を陣取りながら宿題を広げるが、しばらくして結局は、高校野球を見たり、マンガを読んでしまう。夜は家の前の道路で花火、時には近所の盆踊り。今と比べて何もかもが不便だったけれど、そこには「待つ楽しみ」や「遊ぶ工夫」がありました。


 昭和の夏は、そんな手作りの時間が、ぎっしり詰まった、宝物のような思い出です。

2025.07.18

他国人への不動産売却は促進するべきか?

 近年、日本の不動産市場において「外国人バイヤー」の存在感が高まっていると聞きます。特に円安が進行するなか、海外投資家にとって日本の不動産は「割安」で魅力的に映るのでしょう。観光やビジネスで訪れた外国人が、日本の住環境の清潔さや安全性、交通利便性に惹かれ、投資や別荘用に物件を購入するケースも増加しています。



 また、インバウンドの回復も追い風となっています。京都や大阪、東京の都心部だけでなく、地方都市のリゾート地や温泉地でも、外国人向けの物件購入の動きが見られるようになりました。こうした需要を的確に捉えることが、これからの売却戦略において重要です。


 ただし、言語・契約慣習・税制など、売却側には一定の準備が必要です。英語による物件紹介資料、外国人でも理解できる重要事項説明、海外送金の手続き対応など、対応力が求められます。外国人購入者にとっては、日本の法制度が未知であり、丁寧なフォローが信頼につながります。


 一方で、外国人への売却は「高値での売却」を実現できる可能性があります。居住用というより投資用として評価されるケースでは、利回りや立地に強い関心があり、国内市場とは異なる視点から価値を見出してくれることも。売却先の選択肢を広げる意味でも、外国人市場へのアプローチは大きな可能性を秘めています。
 地域密着の不動産業者でも、翻訳ツールや海外不動産ポータルを活用することで、簡単に国境を超えた営業活動が可能となりました。「外国人だから」と尻込みせず、むしろ「新しい顧客」として積極的に働きかけることで、不動産の流動性を高め、眠っている資産に新たな価値を見出すことができるのです。

 
 ただし、周辺の住民との調和を第一とした不動産取引が求められます。売却後に居場所が分からなくなり、空き家になったり、修繕積立金の滞納などのリスクへの対応策も確立しておくことが大事かなぁと思います。

2025.07.17

不動産の譲渡税がゼロでも安心してはいけない!

 どうも、一般市民にとって理解に苦しみ解釈がややこしいのが、税金や、社会保険、年金です。収入と所得という意味合いも同じように思えて全く違った性質であるという事が、益々ややこしくしていると思います。


「譲渡所得ゼロ」でも収入とみなされる落とし穴として、今回は相続空き家の売却と各種負担の現状をつぶやいてみます。くれぐれも、微妙な問題ですので、関係省庁にご自身で最終確認をして下さい。


 相続した空き家を売却し、3000万円特別控除を適応し、譲渡所得がゼロ。ふつうはこれで税金も心配なし!やったー!と安心していませんか?実はここに、思わぬ落とし穴が潜んでいます。


 所得税や住民税は「所得」に対して課税されます。たとえば1000万円で空き家を売却し、取得費や諸経費を引いた上で3000万円控除を使えば、譲渡所得はゼロ。確かに税金はかかりません。

 しかし、住民税や社会保険料、扶養や年金の判定においては、「所得」ではなく「収入」が基準になる場合があるのです。つまり、非課税でも1000万円の収入があったと見なされ、翌年の国保料や介護保険料が大幅に上がったり、第三号被保険者の資格を喪失してしまうケースが起こりえます。

 不動産の譲渡税という税金はゼロであっても、「一時的な収入」として各制度に影響を与えることがあるのです。


 これが、譲渡所得控除の知られざる副作用です。相続空き家の売却前後には、税務署だけでなく市区町村や年金機構、所属の社会保険組合にも相談し、制度横断的な視点で、来年に備えておくことが大切だと思います。

2025.07.15

 「産経抄」の記事で、戦国時代の鍼灸専門書『針聞書』に描かれた「腹の虫」という概念に触れ、大変興味深く読みました。当時は病気が人間の腹の中に棲む虫によって引き起こされると考えられていたのですね。


 摂津国の鍼師、茨木元行が著した書物には、なんと63種類もの「腹の虫」が描き分けられ、その性質や治療法まで詳細に記されているというから驚きです。例えば「腰抜の虫」はオニヤンマのような形をしており、体内に侵入して腰の辺りを飛び回り、ぎっくり腰を引き起こすそうです。木香と甘草を内服することで平癒するといった治療法も記されていたとか。
 

 他にも猛牛そっくりだったり、鳥のようなクチバシを持つものまで、その姿は非常にバラエティーに富んでいたと知り、当時の人々の豊かな想像力に感嘆しました。長野仁さんの『戦国時代のハラノムシ』で、カラーの虫の絵と共に紹介されているとのこと、ぜひ見てみたいものです。



 この記事を読んで、ふと、幼い頃に虫に夢中だった少年時代を思い出しました。近所の公園や森で、カブトムシやクワガタムシを見つけるたび、胸が高鳴ったものです。今から考えますと、とても危険な場所でした。足を踏み外すと池に落ちる斜面を歩いたりして、昆虫に秘められた生命の神秘に、ただただ夢中でした。
 当時の人々が目に見えない病の原因を「腹の虫」という具体的な形に描き出したのは、まるで私たちが目の前の虫に驚きと好奇心を抱くように、未知への探求心からだったのでしょう。


 現代のサイバー空間にうごめく見えない脅威を「腹の虫」に例える、産経抄の文章構成に脱帽すると同時に、どの時代にも人間の根源的な営みに通じるものがあるように思えてなりません。


 時代を超え、未知を理解し対処しようとする人間の営みは、変わらないのだと、改めて感じさせられました。

2025.07.14

政治家の資質とは?

 私は、参議院選挙の投票日は、仕事ですので、先日の休みの日に期日前投票を済ませてきました。不在者投票という制度もあり、若干違うのだそうです。

 間もなく迎える参議院選挙は、私たちの未来を託す大切な機会です。近年、政治家の資質が問われる場面が増えていますが、その際にしばしば注目されるのが「学歴」ではないでしょうか。

 昭和の怪物首相といえば、故田中角栄元首相です。氏は、故郷の新潟から上京後、中央工学校夜間部を卒業していますが、世間には「尋常高等小学校卒」というイメージが強くありました。本人もこれを意識し、蔵相就任時にはエリート官僚を前に「私が田中角栄だ。小学校高等科卒である。・・・・。全ての責任はこの田中角栄が負う」と挨拶したとされます。ここに角栄氏の強い自負が感じられます。

 一方、静岡県伊東市長選で初当選したばかりの田久保真紀市長は、「東洋大卒」と公表しながら、実際には「除籍」だったことが発覚し、辞意表明に追い込まれました。当初は疑惑にまともに向き合わず、混乱を広げたことで、市民からの苦情が殺到したのです。

 さらに学歴と資質の問題を考える上で、能登半島地震を巡り「運のいいことに能登で地震があった」と発言し批判を浴びた自民党の鶴保庸介参院議員の例があります。彼は東京大法学部卒という高学歴を持ちながらも、どんな文脈であれ、被災地に寄り添う気持ちがあればあり得ない発言をしてしまいました。珠洲市を念頭に置いたと思われる地名を「たま、なんだっけ」と話したことも驚きです。
 これらの事例が示すように、政治家の学歴は、その人物を知る情報の一つに過ぎません。田中元首相のような、猛勉強と博覧強記の人で、官僚がその法律知識に舌を巻くほどの人物だったとしても、金権政治などを巡り毀誉褒貶が激しいことも事実です。 重要なのは、彼らがどのような価値観を持ち、どのような行動をとるか、そして困難な状況にどう向き合うか、という人間性や責任感ではないでしょうか。

 今回の参議院選挙では、「若い世代の投票率の動向」も注目されています。政治家を選ぶことは、未来の社会を形作ることに直結します。私たち有権者は、表面的な情報に惑わされず、各候補者の人となりや政策、実績、そして何よりも国民に対する誠実さを見極める必要があります。この選挙が、より良い社会への一歩となるよう、賢明な選択をしていきたいですね。