アキバのつぶやき
2026年03月
2026.03.31
広島でお墓参りをして、今さらですが感じたこと!
先日、有休をとって広島に帰りました。
ご先祖様の墓参りをご無沙汰していたので、
思い切って家族で行くことにしました。
今まで、何度となく参っていましたが、
何気なく墓碑の横面に目をやり、
刻まれた日付に足が止まりました。
歴史は大きな出来事として語られますが、
ここで、ふと昭和天皇の姿を思い浮かべました。
八月六日という日付は、抽象的な出来事ではありません。
今の自分へとつながる時間の断面でもあります。
墓の前に立つという行為は、
その事実を静かに引き受ける時間なのかもしれません。
八月六日を知っている人は多いと思います。
自分の内側に確かに存在するようになります。
この感覚をどう扱うか。明確な答えはありません。
今日まで、拙い「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございました。
2026.03.30
ホウレンソウ
ホウレンソウ(報告・連絡・相談)は大事だ、とよく言われます。
たしかにその通りです。組織で仕事をする以上、
情報の共有がなければ意思決定は機能しません。
むしろ、やり方を間違えると一気に組織の動きを鈍らせます。
これによって上司は余計な確認をせずに済み、部下は迷わず動ける。
結果として、組織全体のリズムが整います。
一方で悪いホウレンソウは、「思考停止の装置」になります。
こうなると、判断が上に集中し、現場は指示待ちになります。
スピードは落ち、責任の所在も曖昧になる。
もう一つ重要なのは「頻度と粒度」です。
これはルールで決めきれるものではなく、
仕事の性質や相手との関係性で調整するしかありません。
ここを取り違えると、一見ちゃんとしているのに、
なぜか成果が出ない組織になります。
「相手の意思決定にどう貢献しているか」で決まります。
報告しているかどうかではなく、その一手が前に進めているかどうか。
それがすべてです。
今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。
2026.03.29
自転車への青切符制
自転車に青切符。いよいよ来たか、という感じがします。
これまで自転車は「軽い乗り物」として扱われてきました。
歩行者と車のあいだにある、どこか曖昧な存在です。
しかし現実には、スピードも出るし、事故も起きる。
にもかかわらず、ルールの運用は甘かった。
この“ねじれ”が長く放置されてきたわけです。
今回の青切符制度は、そのねじれを是正する動きです。
違反に対して反則金を科す。
つまり「取り締まる前提」に立ったということです。
ここでポイントなのは、ルールそのものが変わったわけではないという点です。
変わったのは“運用の本気度”です。これは戦略の話ではなく「実行の話」です。
どんなに立派なルールがあっても、守られなければ意味がない。
逆に言えば、運用が変われば現実は一気に変わる。
ビジネスでも同じです。戦略よりも実行の差が結果を分ける場面は多い。
もう一つ面白いのは、人の行動は「罰則」で意外と簡単に変わるという事実です。
安全意識やマナーといった“内面”に期待するよりも、
外からの制約のほうが即効性がある。
これは少し身も蓋もない話ですが、現実的です。
ただし、ここで勘違いしてはいけないのは、
罰則はあくまで“きっかけ”に過ぎないということです。
本当に目指すべきは、ルールを守ることが自然になる状態です。
いちいち取り締まらなくても秩序が保たれる
。そこまでいって初めて、制度は機能していると言えます。
自転車の青切符は、小さな制度変更に見えます。
しかし本質は、「曖昧な領域を放置しない」という意思表示です。
曖昧さに甘えるか、現実に合わせて運用を変えるか。
この差が、社会の質をじわじわと分けていくのだと思います。
今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。
2026.03.27
直観と逆張りについて
仕事をしていると、自分の直感に従うべきか、
それともあえて逆の行動を取るべきか、迷う場面があります。
直感は危ない。だから逆をやれ。そんな言説もよく見かけます。
問題は、環境が変わったときです。
ただしここでも、「逆をやれば正しい」という話ではありません。
不動産営業でいえば、
結局のところ、直感と逆のどちらを選ぶかは問題ではありません。
今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。
2026.03.26
松永久秀と不動産営業
不動産営業の世界は、ある種とても“真面目”です。
ここで松永久秀という戦国武将の存在を思い出します。
例えば、相場より少し高く出すこと。
つまり、売ること自体を目的にしない。
この人に任せるしかない。
松永久秀は、最後に自分の美意識を守りました。
つまり、「営業とは、ルールに従う仕事ではありません。
ルールを見極める仕事です。そして最後に問われるのは、
何を崩し、何を守るかという“自分の基準”なのです。」
今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。
2026.03.24
熱心としつこいの境目とは
営業という仕事をしていると、必ず一度は悩むテーマがあります。
また、される側になっても思うことがあります。
多くの人は、回数の問題だと考えます。
それは、行動の“起点”です。
一方で、しつこい営業は自分から始まります。
営業というのは不思議な仕事で、
逆に、たった一度の連絡でも、
しつこい営業は、引きません。
自分の都合を押し込むのか。
今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。
2026.03.23
因果応報は単純に推し量れない
「原因」と言うと、どうしても一本の線を引きたくなります。
縁とは、いくつもの要素が“たまたま結びついた状態”です。
これは仏教でいうところの縁起に近い発想です。
不動産営業でよく言われているのは、
面白いのは、「縁」で考えると慢心しにくいことです。
ご縁は“自ら作りにいくもの”でもあるからです。
今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。
2026.03.22
公示価格、五年連続上昇について
公示地価が5年連続で上昇しています。
さらに注目すべきは、「5年連続」という点です。
それは、この上昇が一様ではないということです。
では、この流れはどこまで続くのでしょうか。
価格の話ばかりしていても、あまり意味がない。
今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。
2026.03.21
麻雀と企業経営について
麻雀というゲームは、運と実力のバランスが絶妙です。
将棋とチェスは、実力だけが絶対的存在として君臨します。
蓋し、麻雀とポーカーだけは、実力だけでは勝敗を決すること
が出来ないゲームと思えてなりません。
だからこそ、長く打てば打つほど分かってくるのは、
「運をどう扱うか」が実力の正体だということです。
強い人ほど、「いい配牌だったから勝った」とは言いません。
違いは何か。局面ごとの意思決定の質です。
多くの人は、大きな手を和了った記憶だけを覚えています。
麻雀は、派手なゲームに見えて、
今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。
2026.03.20
親しき中にこそ、礼儀あり!
お金の無心をしてくる同級生がいたら、皆さんはどうご対応されますか?
それも、何十年と交信していないのです。
こう書くと他人事のようですが、実際に直面すると厄介な問題ですよ。
SNSの時代だからこその現象なのかもしれませんが・・・。
断れば関係が壊れる気がするわけでもないのですが、
応じればもっと厄介になる。
その中途半端な揺れが、
一番人を消耗させます。
少なくとも「対等な関係」ではなくなっている。
ここを直視できるかどうかが分かれ目です。
私は最終的に、一切の付き合いをやめる決断をしました。
青春時代の心身があやふな時代に、
その同級生のご両親には、お世話になったことがあるのです。
その記憶まで切り捨てるのは違う。
そこで私は、お金を貸すのではなく、
「区切りとしてのカンパ」をしました。
過去への礼です。そして同時に、関係を終わらせるための行為でもあります。
一度きり、理由は過去に限定し、未来への余白は残さない。
感謝で始まり、区切りで終わる。それだけです。
仮に今後また連絡があっても、対応は変えない。
短く、淡々と断る。それ以上でもそれ以下でもない。
しかし、終わらせる技術がないと、関係は惰性で腐っていきます。
優しさとは、すべてを受け入れることではない。
引くべき線を引くことです。
むしろ、きちんと距離を取るからこそ、礼が生きるのだと思います。
親しき中にも礼儀あり。
今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。
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