アキバのつぶやき

2025.06.01

テレワークってもう古いの?

 2025年も今日から6月に入りました。気候もこの時期には珍しく、連日過ごし易い気温で、クールビススタイルから、背広とネクタイ姿に戻りました。

 さて、新型コロナウイルスのパンデミックを機に、私たちの働き方は大きく変化しました。中でも「テレワーク」は一気に広まり、在宅勤務はもちろん、ワーケーションのように旅先から働くことも可能になりました。小さなお子さんを持つ方など、育児と仕事の両立という観点から、テレワークのメリットを強く感じた方も少なくないでしょう。

 ところが、最近ではオフィスに戻る動き、「オフィス回帰」が鮮明になってきているという話も耳にします。この流れを見ると、テレワークはもはや過去のものになってしまうのだろうか、と感じる方もいるかもしれません。
 実は、テレワークという働き方には、皆さんが思うよりも長い歴史があるようです。「テレコミューティング(telecommuting)」という言葉として、米国で1970年代から使われ始めたと言われています(オックスフォード英語辞典)。ですので、テレワークには半世紀ほどの歴史があるということです。
 コロナ禍での急速な普及を経て、テレワークは私たちの働き方の選択肢の一つとして、定着しつつあるようにも見えました。でも、ここにきて民間シンクタンクが行ったアンケート調査からは、オフィス回帰の傾向が見て取れるようです。なぜこのような傾向に向かっているのでしょうか?
規律というものがない中では、モチベーションが上がらないといわれています。ユダヤ教の教えでは、戒律があるからこそ、自由があるといいます。
自由すぎても、人はストレスを感じるようになっているのかもしれません。

 世の中は、一面だけでは成り立ちません。善悪、正負、勝ち負け、男女等、相反するものが合わさってこそ、現実が存在できるといったところではないかと思います。
さて、テレワークはこのまま減少を続け、本当に「古い」働き方になってしまうのでしょうか。それとも、また別の形で進化していくのでしょうか。

2025.05.31

ルビ

 日ごろ本や新聞を読んでいますと、難しい漢字に出くわし、何と読むのか悩ましいことが多々あります。そこに読み仮名がふられていると、とても有難いものです。残念ですが、書籍でそのような親切なルビがふられているのは少ない。
 それを何とか解消したいと、尊敬する経営者のひとり松本大氏が立ち上げられた、こちらの一般財団法人がございます。小さいころにルビのふられた本に接することができたので、知識への好奇心がました経験を、子どもたちに提供したいという理念で設立されたとのことです。

 さて、2025年5月26日から、皆さんの名前の読み方、戸籍に記載される新制度が始まったのをご存じでしょうか?いよいよ日本の戸籍制度に大きな変化が訪れます。この日、改正戸籍法が施行され、戸籍の氏名にカタカナで読み仮名が記されることになります。

これは、私たちの名前が、戸籍上でより正確に、そして公式に読み方と結びつけられるようになることを意味します。この新制度は、施行日以降に出生届が出される新生児や、新たに日本国籍を取得する方から対象となります。

 そこで、戸籍に記載できる読み仮名は、どのようなルールで決められるのでしょうか? 改正法では、読み仮名を「氏名として用いられる文字の読み方として一般に認められているもの」と規定しています。
法務省が示した審査基準によると、一般の辞典に掲載されているようなものは、広く認められる見込みです。また、近年増えているいわゆる「キラキラネーム」についても、一定程度は許容されるとみられています。例えば、「海」と書いて「まりん」と読むようなケースも認められる可能性があるようです。一方で、「社会を混乱させる」あるいは「社会通念上相当とはいえない」読み方は認められません。具体的には、以下のようなケースが挙げられています。一昔前に、「悪魔」という申請があり、認められなかったということがありました。
 例えば、漢字の意味や読み方に関連性を認めることができない読み方として、「太郎」を「ジョージ」や「マイケル」と読むケース。
明らかに異なる別の単語を加えて、漢字との関連性を認めることができない読み方を含むケースとして、「健」を「ケンイチロウ」と読むケースです。漢字の意味と反対だったり、別人や読み違いと誤解されたりする読み方として、「高」を「ヒクシ」、「太郎」を「ジロウ」と読むケースがあります。
 提出された氏名の読み仮名は、まず各地の市区町村が審査を行います。もし提出された読み仮名に疑義がある場合は、親などに漢字との関連性について説明を求められることがあります。それでも「一般に認められている」かどうか判断が難しい場合は、各地の法務局に照会し、最終的な判断は法務省が担うことになります。市区町村の窓口で最初に対応が行われ、難解な読み方など疑義が生じた場合には、さらに詳しい審査のために法務局や法務省の専門的な判断が必要になるという流れです。
 
 ところで、すでに戸籍がある、私たちには関係のない新制度なのでしょうか?
実は、すでに戸籍がある国民の皆さんについても、ご自身の名前の読み仮名がどのように登録されるのか、確認できる大切な機会がございます。
 
5月26日以降、戸籍がある国民に氏名の読み仮名通知が、圧着はがきで世帯単位に郵送される予定とのことです。世帯で5人以上の場合は複数枚にわたることもあるそうです。
 
 ということで、2025年5月26日から始まった戸籍の読み仮名新制度は、新生児や新たに国籍を取得する方から適用されます。ルールは「氏名として用いられる文字の読み方として一般に認められているもの」が基本ですが、一定程度の「キラキラネーム」は許容される一方、極端な読み方は認められない基準が示されています。すでに戸籍をお持ちの方にも通知が届きますので、ぜひ確認してみてください。

2025.05.30

TACO理論とは

 タコ理論?なんだぁ?

 最近、ドナルド・トランプ米大統領が、ある言葉について記者から質問された際にいら立ちを隠さなかったというニュースがありました。その言葉こそが、「TACO」です。

 この「TACO」とは、「Trump Always Chickens Out(トランプはいつもチキって〈おじけづいて〉退く)」の略語で、現在、ウォール街のトレーダーの間で広く使われているユニークな言葉です。これは、英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)のロバート・アームストロング記者が考案したもので、トランプ氏の政策が市場を混乱させ始めると、すぐに撤回する傾向があることを指摘するために生まれました。
 アームストロング記者は、投資家たちが「トランプ政権は市場や経済からの圧力に対する耐性があまり強くなく、関税が痛みを生じさせるとすぐに引き下がる」ことに気付き始めていると結論づけています。まさに、これが「TACO理論」なのです。
 この理論の根拠となる具体例はいくつかあります。例えば、トランプ氏が世界中に課していた巨額の「相互関税」を一時停止すると発表した直後には、株価が急騰しました。また、最近では欧州連合(EU)からの輸入品に50%の関税を課すと発表したものの、そのわずか2日後には発動を延期すると発表しています。こうした市場の反応や状況に応じて柔軟(あるいは朝令暮改とも)に対応する姿勢が、この理論の背景にあります。

 トランプ氏のこのような行動の根底には、1980年代にニューヨークで不動産デベロッパーとして成功した際に磨かれた、市場取引の浮き沈みに対する鋭敏さがあると言われています。特に第1次政権時には、ウォール街での鋭い反応が、トランプ氏の考えを変える唯一の方法となることもあったようです。
 「TACO理論」はFTのコラムを越えて急速に広まり、アナリストたちは、投資家の間では単なる皮肉を超え、実際に取引戦略としても注目されるようになっていると指摘しています。デンマークの投資銀行サクソバンクの専門家が、この理論を自身のポッドキャスト番組の見出しに使用したことからも、その浸透ぶりがうかがえます。

 トランプ氏本人が質問に対して激怒したというほど、この「TACO理論」は金融市場関係者の間で無視できない影響力を持つ言葉となっているようです。市場との関係性を示す興味深い事例と言えるでしょう。

2025.05.29

卑劣なやり方

 兵庫県で、元総務部長による県元幹部の私的な情報漏洩問題が大きな波紋を広げています。
この問題の発端は何だったのでしょうか?


 事の発端は、斎藤兵庫県知事に対する匿名告発でした。告発を知った斎藤知事は、当時の片山副知事や井ノ本元総務部長らに対し、告発者探しを指示したとされています。その過程で、告発者とみられる人物の県公用パソコンが調べられ、そこから極めて個人的な内容を含む文書が取り出されました。この個人的な文書を複数の県議に見せて回ったのが井ノ本元総務部長です。
 
 その目的は、文書を見せた県議に対し「このような人間が告発文書をつくった」と述べ、告発者の信用性をおとしめ、告発内容の信頼性を損なわせることだったとみられています。誠にもって卑劣と言いますか、自己擁護の醜態ではないかと思います。
 この漏洩行為について、井ノ本元総務部長は県の人事当局に対し「斎藤知事らの指示でやった」と説明していることが明らかになりました。これに対し、斎藤知事は「漏洩を指示した事実は全くない」と完全に否定しています。しかし、県の第三者調査委員会は、知事と片山元副知事の指示を受けて漏洩が行われた「可能性が高い」と結論づけています。
 この問題により、井ノ本元総務部長は停職3ヶ月の懲戒処分を受けました。片山元副知事は既に昨年7月に辞任しています。指示の有無を巡る関係者の証言の食い違いなどから、斎藤知事も苦しい立場に立たされており、県政は大混乱に陥っていると報じられています。
県民の信頼に関わる深刻な問題として、今後の進展が注目されます。

 税金を使い、様々な人の時間と労力を使って、事実を明らかにしてきていますが、真実はどこにあるのでしょうか?

2025.05.27

平均について

 国税庁の調査によると、2023年の日本の平均給与は460万円だったそうです。1年を通じて働いた給与所得者約5076万人の平均値とのこと。前年からはわずかに増えているそうですが、25年前の1998年は465万円で、長い目で見るとほとんど増えていないのが実情のようです。

 この「平均年収460万円」という数字を聞いて、どのように感じますか?「そんなにもらっていないよ」と感じる人も多いのではないでしょうか。
実は、この平均年収は「実態」とは少し離れているかもしれません。国税庁のデータを見ると、年収400万円以下の方が全体の5割超(2571万人)を占めています。さらに、年収400万円超500万円以下の人の半分が平均未満だと仮定すると、全体の6割近くが460万円に達していないという計算になります。つまり、平均以下の人が多数派なのです。

 調査に応じた方々からは、「手取りが一向に増えない」「10年ほど手取りは変わっていない」といった声や、「一生懸命働いても少ないボーナス」といった声が聞かれます。さらに、最近の物価上昇で、給料が増えないままでは日々の暮らしがより苦しくなっているという切実な声もあります。特に子育て世代からは、修学旅行費や制服代の値上げなど、教育費負担の増加への懸念が寄せられています。
 新入社員の初任給が上昇と、マスコミ等で喧伝されていますが、子どもを持つ家庭では実質賃金は低下傾向というのが、実態ではないでしょうか。
 一方で、平均年収を下回る人が多い中で、1千万円を超える高給取りは増加しているという事実もあります。これにより平均値は引き上げられますが、多くの人にとっては「平均」という数字が自分たちの「実感」とかけ離れたものになってしまっているのです。
平均年収460万円という数字は、あくまで全体の平均であり、多くの人がそれ以下の収入で生活しているという現実があります。そして、高額所得者が増えることで、統計上の平均は上がりつつも、貧富の差が広がっている様子がうかがえます。
 統計の数字だけでは見えない、日本の「給料」の事実。平均以下の収入で物価高に苦しむ人が多くいる一方で、高額所得者は増えているという現状に、改めて目を向ける必要がありそうです。

 平均という言葉を、日本人は信奉する傾向にあるように思います。何事も平均という数字の上辺だけで解釈するのではなく、本質を見るひとつ深い思考を身に着けたいものです。