アキバのつぶやき

2025.09.21

暗黙知を言語化する力

 今年の阪神タイガースは、めっぽう強かった。何十年と優勝のないBクラスに低迷していた過去が噓のよう。そんな阪神タイガースを語るとき、野村克也氏の存在感は圧倒的です。

 監督として迎え入れられた当時の阪神は、スター選手はいても組織としてはバラバラで、勝つための「型」を持たないチームといわれています。野村氏はそこで「ID野球」を掲げ、データと戦略を徹底的に植え付けていきました。企業経営で例えれば、属人的なひらめきに頼るワンマン経営から、仕組みを組織に埋め込むマネジメントへの転換といったところでしょうか。

 その薫陶を受けた一人が、現監督の藤川球児氏である。藤川監督は、圧倒的な直球で観客を魅了しながらも、野村監督から「球児、お前の真っ直ぐはなぜ打たれないのかを自分で説明できるか」と問われたという。

 つまり、才能を持つ選手にこそ、その根拠を言語化し、再現可能なモデルに落とし込め、という要求です。これは経営や営業の現場でもよくある話で、成功した事業や商談を「勘と経験」に帰着させるか、それとも誰がやっても成果が出る仕組みに昇華できるかで、その後の持続性は大きく変わってきます。
 
 現監督としての藤川氏の姿を見ると、彼はまさにその教えを継承しているのではないでしょうか。若手投手に「なぜストレートが通用するのか」「配球にどんな意図があるのか」を問い、ただの感覚に頼らない指導をしていると聞きます。選手の身体能力をリスペクトしつつ、それを再現可能な「知」として共有する。この言語化と構造化の作業こそが、チームを強くします。
 
 野村克也から藤川球児へ!この継承は、単なる世代交代ではなく、「暗黙知を形式知にする」という学習プロセスの連鎖です。経営でも組織開発でも同じです。偉大な個人の力を「再現可能なシステム」に翻訳することが、組織が持続的に強くなる唯一の道筋であると思います。阪神の歴史を通じて見えてくるのは、野球という競技を超えて、普遍的な経営の原理そのものなのではないでしょうか。

2025.09.20

バカと無知を読んで・・・。

 橘玲さんの『バカと無知』を読んで印象に残るのは、人間は自分の無知を知らない、というシンプルかつ残酷な事実です。私たちは合理的に意思決定をしていると思い込みがちですが、現実はそうではない。むしろ「自分は分かっている」という錯覚こそが、組織や経営における最大のリスクになるのです。

 経営の歴史を振り返ると、この構造は至るところに見つかります。たとえば米国のブロックバスター。2000年代初頭、すでにネットフリックスがオンライン配信という新しいモデルを提示していたにもかかわらず、「DVDレンタルというビジネスは盤石だ」と信じ込み、変化に背を向けました。

 その結果、数年後には市場から姿を消しました。ここには「自分たちは分かっている」という過信と、無知を直視できなかった経営の失敗がはっきりと表れています。

 日本でも同じです。かつての携帯電話業界では、国内市場で勝っているメーカーが「ガラケーは日本の独自進化だ」と自信を持っていました。ところがiPhoneという外部からの衝撃が来たとき、対応が遅れ、市場は一変した。これもまた「自分は知っている」という錯覚が招いた典型例です。

 『バカと無知』の重要なメッセージは、「人は無知である」ことを前提にして問いを立て直す必要がある、という点です。経営において本当に大切なのは、将来を正しく予測することではありません。未来は誰にも読めないのですから。
 大事なのは、「自分たちが知らないことは何か」「どこに思い込みがあるか」「私たちのノンカスタマーは誰か」という問い持ち続けることです。

 問いの質を上げることで、経営の質も高まります。逆に言えば、問いを間違えれば、どれほど優れた戦略や計画も無意味になります。人間がバカで無知であるという前提を受け入れること。それは経営者にとって、自分の思考を謙虚に保つ最も現実的な方法論なのです。

 結局のところ、『バカと無知』は人間の限界を笑う本ではありません。むしろ「限界を前提にした賢さ」の手がかりを与えてくれる本です。過去の企業の失敗は、私たちの愚かさの証拠でもあるし、それを認めて問いを立て直せば、未来に向けての武器にもなる。バカと無知を嘆くのではなく、それを引き受ける。

 そこに経営と人生の共通点があるのだと感じました。

2025.09.19

済生会病院の光と影

 済生会病院、名前を聞くと「地域医療を守ってくれている場所」「困ったときに頼れる病院」と思いたくなります。でも、その背後には、私たちが思っているよりずっと複雑な現実があることを、このたびのニュースが改めて暴き出しました。

 今年、北九州の済生会八幡総合病院では、入院中の90代の女性に対して、「適正な用量の約500倍」の劇薬が投与され、3時間後に患者が死亡したという報告があった。しかもそのことを、病院関係者が報告しなかった。
 このニュースを聞いて、「本当にこの病院に自分や家族を任せていいのか?」という恐怖と疑問が、胸に刺さります。500倍、という数字の異様さ。医療という人の命を預かる現場で、「報告しなかった」という隠蔽の可能性。これらは、単なるミスでは済まされないと思います。
 もちろん、済生会病院の全てが「悪」であると言う気はございません。歴史もあれば、公共性の重さもあります。だが、このような事故は、「光」の部分を覆い隠してしまいます。

 「地域公益の病院」であるだけに、信頼を裏切られたという思いが強くなるばかりです。
そして、不祥事は時折「お金や労働条件」の問題とも絡んでいる。例えば、岡山済生会総合病院では、未払い残業代の是正や、給与の男女格差など、従業員から「ここまで黙ってきてはいけない」と声が上がるような問題が明るみに出てきました。
 
 医療を支える人たちが疲弊していれば、当然ミスのリスクも上がります。
だからこそ私たちは、済生会病院を見るとき「善意」だけではなく、「透明性」「説明責任」「組織の内部の目」がどれだけ働いているかをチェックしたいものです。 病院のウェブサイトでの情報公開、報道での説明、公的な調査の有無、そしてその後の再発防止策などです。

 この度の劇薬事故は、「病院は安心できる場所」という幻想に、鋭いヒビを入れました。済生会に限らず、医療機関すべてが「信じられる存在」であり続けるためには、こうした不祥事をただ叩くだけでなく、どう改善し、どう備えるのかが問われます。
 私たちは、利用者として、地域住民として、そこの責任を放っておいてはいけないのではないでしょうか。

 これは、私たち不動産業界でも言えることです。様々な不祥事を他山の石として、しっかりと自社と自己の行動と言動を厳粛に内省していきます。

2025.09.18

明日に向かって!

 『明日に向かって撃て!』を、青年時代に観たとき、あのラストシーンが鮮烈に胸に焼きつきました。逃げ場のない銃撃戦の只中で、ブッチとサンダンスは笑っていた。

 未来などもう残されていないのに、彼らは最後の一瞬を「生きる」という選択で貫いた。若かった私は、その姿を無謀さや虚勢ではなく、むしろ生きる美しさ逞しさとして、受け止めた記憶があります。

 あの二人が追い求めていたものは、決してお金や名声ではありませんでした。時代の流れから取り残された自分たちの存在を、どうやって肯定するか。どうやって「生きる意味」を最後まで掴み続けるか。それこそが彼らの戦いの本質だったのだと思います。
 
 私たちは日々、生産性や、効率、合理性を求められます。無駄を削ぎ落とし、成果を最大化することが当然のように語られる。しかし人生の記憶に残る瞬間は、必ずしも効率的ではありません。あの二人が銃を抜き、絶望的な状況の中で前へ踏み出したときの姿は、合理性からは説明できない。けれども、そこに「人間の尊厳」がありました。
 
 ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードが演じた二人は、時代に抗えなかった。しかし彼らの生き方は、観る者に「自分ならどうするか」を問います。明日を信じて撃つのか、それとも今の安全地帯に甘んじるのか。青年時代の私は、その問いに直面し、心をかき乱されたのです。
 
 そして初老の今になって思うのは、人生とは常に「撃つ」か「撃たない」かの選択の連続だということです。確実な未来など誰にもない。それでも歩を進めるかどうかは、自分の意思にかかっている。

 映画のラストで止まった銃声の瞬間、私たち一人ひとりが生きる意味を問われているのかもしれません。

2025.09.15

マラソンと人生

 マラソンという競技の本質は何か。42.195キロという距離をいかに自分のリズムで刻み、淡々と積み上げていくことにあるとします。ところが、先日の世界陸上東京大会の男子マラソンは、その本質をひっくり返すような、前代未聞の展開を見せました。

 タンザニアのシンブ選手とドイツのペトロス選手が、同じタイム「2時間9分48秒」でゴールイン。公式には同時、しかし写真判定でわずか0.03秒差。胴体が先にゴールラインを通過していたのはシンブ選手でした。ここに金と銀の明暗が分かれたわけです。
42.195キロを走り抜いて、最後の最後で0.03秒。これはいったい何を意味しているのでしょうか。


 普通に考えれば、マラソンは数秒、いや数十秒の差がつくのが当たり前。なのに、まるで100メートル走のゴールシーンをスローで見ているような、肉眼では判別できないドラマが生まれました。そこに、スポーツが持つ「偶然性の必然」が垣間見えます。


 私が面白いと思ったのは、勝者シンブ選手のコメントです。「勝ったと気づかなかった。(結果を見て)僕が勝ったんだと思ったよ」。彼自身が勝利を認識できないほどの接戦。ここにスポーツの深い真理があります。つまり、本人にとっての勝利体験と、外から見える勝敗の決定は、必ずしも一致しないのです。

 考えてみれば、人生も仕事も同じです。長い道のりやプロセスを積み上げて歩んできて、最後の最後に思わぬスプリント勝負がやってくる。しかも、そこで勝ったのか負けたのかは、自分ではよく分からないことが多い。
 結果は後から、第三者によって告げられます。私の仕事の場合は、折衝していた相続人さんの空き家が更地になっているとか、販売中ののぼりや看板が設置されていることになります。


 今回のマラソンは、そうした仕事の現実と、人生の縮図のように見えました。
マラソンで写真判定極めて異例だからこそ、私たちはそこに「問い」を感じざるを得ません。

 42.195キロの走行を積み重ねの果てに訪れる0.03秒の差。その僅差を決めるのは、体力なのか、精神力なのか、あるいは運なのか。答えは一つではないでしょう。ただ一つ確かなのは、選手たちが最後まで諦めずに挑み続けたこと。それこそが、このレースを「記憶に残る瞬間」へと変えたのだと思います。

 人生も思い通りにならないことが多い中でも、わずかな一歩でもいい、前に前に進めていくことに生きる意義があるのではないでしょうか。