アキバのつぶやき
2026.03.05
企業の私物化
ニデック社の永守氏が退きました。
すると決まって出てくるのが「企業の私物化」という言葉です。
私はこの言葉があまり好きではありません。
なぜなら、ほとんどの場合、結果論だからです。
創業者が猛烈に会社を引っ張っている間、
誰もそれを私物化とは呼ばない。
むしろ「強いリーダーシップ」と称賛する。
業績が伸び、株価が上がり、雇用が増える限り、カリスマは正義です。
ところが、少しでも歯車が軋むと途端に評価が反転する。
あれは独裁だったのではないか?と。
でも、考えてみますと、創業者経営とは、そもそも“私”から始まるものです。
ビジョンも、執念も、違和感も、全部が個人に紐づいている。
その強度があるからこそ、その他大勢では見えない景色が見える。
問題は私物化かどうかではありません。
「個人の論理」が「組織の論理」に翻訳されているかどうかです。
強烈な創業者はアクセルです。
会社が大きくなるほど必要なのはブレーキとハンドルです。
アクセルを否定するのは簡単ですが、
それではそもそも走らなかったかもしれない。
アクセルを否定するのは簡単ですが、
それではそもそも走らなかったかもしれない。
退任とは、創業者の物語の終わりではありません。
その思想が制度に埋め込まれているかどうかの答え合わせです。
永守氏の退任を、私物化の是非で語るのは表層的です。
本質はもっとシンプルです。「この会社は、創業者を超えられるか。」
企業とは、人格です。その人格が一人の人間の延長線上にあるのか、
それとも時間を超えて持続するのか。そこにしか、経営の面白さはありません。
今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。
それとも時間を超えて持続するのか。そこにしか、経営の面白さはありません。
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