アキバのつぶやき

2026.01.27

誰が悪いかではなく、何がそうさせたのかが重要!

 東大教授による接待強要が問題になっています。肩書きを見れば、誰もが驚き、失望します。「東大教授がそんなことを」と。でも、ここで問うべきは個人の資質ではなく、なぜそれが可能だったのかという構造です。一昔前、いやもっと前、「ノーパンしゃぶしゃぶ」という接待で現財務省の幹部が摘発され、世間を騒がしたことがありました。

 接待とは、本来、対等な関係の中で自然発生的に行われるものです。それが「強要」になった瞬間、すでに接待ではありません。力の非対称性があるところに、暗黙の了解が生まれ、それが常態化すると、誰もおかしいと思わなくなります。

 大学、とりわけ名門大学は、知の共同体であると同時に、強い序列を持つ組織です。研究費、評価、人事、推薦。これらが一部の人に集中すると、「断れない空気」が生まれます。ここで問題なのは、誰かが悪いことをした、というより、断れない設計が放置されていたことです。

 よくある反応は、「倫理教育が足りない」「意識改革が必要だ」というものです。しかし、35年続く不正が個人の問題ではなかったように、今回もモラルの話で終わらせてはいけません。人は環境に適応します。おかしな環境では、おかしな行動が合理的になってしまう。

 優秀であることと、権力を持つことは別物です。ところが組織はしばしば、その二つを同一視します。結果として、能力への敬意が、権力への忖度にすり替わる。その瞬間から、接待は文化になります。

 この問題が突きつけているのは、「誰を処分するか」ではありません。権威が集中したときに、それをどう分散させるのか。そこに手をつけない限り、名前を変えて同じことが起きます。人はそんなに悪くありません。 しかし、組織は設計を誤ると、平気で人を黙らせます。今回の件は、そのことを改めて教えてくれています。

 今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。

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