アキバのつぶやき

2025.11.30

期限付き消耗品である人間について

作家の嵐山光三郎氏が亡くなりました。「人間は期限つきの消耗品」という言葉を遺された氏の人生を思うと、あらためて、限られた時間をどう生きるかという問いに向き合わざるを得ません。

 私たちは、時間という資源が無限であるかのように錯覚してしまいます。けれど、人間は例外なく、使用期限のある存在です。この事実を直視することが、生きる上での本質的な視座になります。嵐山氏の言葉が重いのは、「死を想定して生を語る」という視点にあります。死から語るからこそ、日常の一瞬一瞬の価値が浮かび上がります。

 もし人生が無限なら、努力も選択も先送りにすればよい。しかし、期限つきだからこそ、今日という日の重みが変わるのです。ビジネスの現場でも同じです。人材も時間も、永遠に続く前提で動き始めた瞬間から、思考は鈍ります。「いつかやる」という言葉ほど非生産的なものはありません。

 成功している人や企業は例外なく、“期限”を意識します。期限があるから、集中できる。期限があるから、優先順位が決まる。期限があるから、動かざるを得ない。この構造を理解した者から成果を上げていきます。嵐山氏が言う「消耗品」という言葉もまた重要です。使うことによって価値を発揮し、使われなければ劣化していく。

 人間の能力も経験も、動かなければ腐ります。「擦り減ることを恐れるより、使い切ることを喜べ」――そんなメッセージが聞こえてくるようです。人生は、消えゆく運命の上に築かれる営みです。期限を知ると、感謝が生まれます。恐れではなく、覚悟が生まれます。そして、日々の選択に迷いが減ります。

 嵐山光三郎氏の冥福を祈りながら、今日あらためて思います。どう使うかが、生きる質を決めるのです。消耗品である自分を、どれだけ使い切れるか。それこそが、私たちに残された問いではないでしょうか。

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