アキバのつぶやき

2026.03.21

麻雀と企業経営について

 麻雀というゲームは、運と実力のバランスが絶妙です。
将棋とチェスは、実力だけが絶対的存在として君臨します。
蓋し、麻雀とポーカーだけは、実力だけでは勝敗を決すること
が出来ないゲームと思えてなりません。

だからこそ、長く打てば打つほど分かってくるのは、
「運をどう扱うか」が実力の正体だということです。

配牌は選べません。ツモも選べません。
つまり、入力はコントロールできないのです。
にもかかわらず、出力、すなわち打牌は完全に自分の意思です。
ここに、麻雀の本質があります。

強い人ほど、「いい配牌だったから勝った」とは言いません。
むしろ、「悪い配牌でも大崩れしなかった」ことを評価します。
これはビジネスと同じです。
景気も市場も選べない。顧客も選べない。
それでも、結果を出す人はいる。

違いは何か。局面ごとの意思決定の質です。
麻雀では、毎巡ごとに意思決定が求められます。
攻めるのか、引くのか。
リーチを打つのか、ダマにするのか。
この積み重ねが、最終的な点棒に変わります。
一発の大勝負ではありません。
だからこそ面白いし、怖い。

多くの人は、大きな手を和了った記憶だけを覚えています。
しかし、勝敗を分けているのは、
実は目立たない小さな判断の連続です。
無理をしなかった一局。
押さなかった一巡。
切らなかった一枚。
これらが積み上がって、結果になります。

麻雀は、派手なゲームに見えて、
実は極めて地味な意思決定ゲームです。
そしてこれは、そのまま仕事の縮図でもあります。
勝つ人は、特別なことをしているわけではありません。
当たり前の判断を、当たり前に積み重ねているだけです。
ただし、それを徹底している。ここに差が出ます。
麻雀卓の上で起きていることは、
人生のどこにでも転がっています。
だから麻雀は、単なる遊びでは終わらないのです。

今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。

2026.03.20

親しき中にこそ、礼儀あり!

 お金の無心をしてくる同級生がいたら、皆さんはどうご対応されますか?
それも、何十年と交信していないのです。

こう書くと他人事のようですが、実際に直面すると厄介な問題ですよ。
SNSの時代だからこその現象なのかもしれませんが・・・。
断れば関係が壊れる気がするわけでもないのですが、
応じればもっと厄介になる。
その中途半端な揺れが、
一番人を消耗させます。

結論から言えば、関係はすでに壊れています。
少なくとも「対等な関係」ではなくなっている。
ここを直視できるかどうかが分かれ目です。

私は最終的に、一切の付き合いをやめる決断をしました。
ただ、ひとつだけ引っかかるものがありました。
青春時代の心身があやふな時代に、
その同級生のご両親には、お世話になったことがあるのです。

その記憶まで切り捨てるのは違う。
そこで私は、お金を貸すのではなく、
「区切りとしてのカンパ」をしました。
ここで大事なのは意味づけです。これは援助ではありません。
過去への礼です。そして同時に、関係を終わらせるための行為でもあります。

一度きり、理由は過去に限定し、未来への余白は残さない。
感謝で始まり、区切りで終わる。それだけです。
そのうえで、もう迷わないことにしました。
仮に今後また連絡があっても、対応は変えない。
短く、淡々と断る。それ以上でもそれ以下でもない。
人間関係は、続けることよりも、終わらせるほうが難しい。
しかし、終わらせる技術がないと、関係は惰性で腐っていきます。

優しさとは、すべてを受け入れることではない。
引くべき線を引くことです。
今回の一件で学んだのは、礼と距離は両立できるということでした。
むしろ、きちんと距離を取るからこそ、礼が生きるのだと思います。
親しき中にも礼儀あり。

今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。

2026.03.19

AIは答えを出す道具”ではなく、「仮説を量産する装置」

AIにAIの使い方を聞く人は多い。
ですが、それだけで成果が出るほど営業は甘くないのが現実です。
AIは正しい答えを出しますが、
それはあくまで“平均点の高い答え”に過ぎないからです。

不動産営業の現場は、平均ではなく個別で決まります。
目の前のオーナーが何を考えているのか、その一回性に向き合う仕事です。

ではAIは不要かといえば、むしろ逆です。
使い方を変えれば強力な武器になります。
ポイントは、完成品を求めないことです。
「売れるトークを作って」と頼むのではなく、
「売らない理由を10個出せ」「その切り返しを考えろ」と仮説を量産させます。
ここで初めて、営業の引き出しが増える。

さらに重要なのは検証です。商談がうまくいかなかったとき、
その会話を材料にAIに問い直す。
「どこでズレたのか」「別の打ち手は何か」。
すると、自分では気づけない盲点が浮かび上がります。
失敗を構造化できるかどうかで、成長速度は大きく変わるのです。

結局のところ、AIは答えを出す道具ではございません。
仮説を生み、失敗を深掘りし、自分の型を磨くための装置です。
机の上で完結させれば無価値ですが、現場に持ち込めば一気に意味を持ちます。
差がつくのは、AIに聞いた回数ではございません。
現場で試した回数なのです。

今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。

2026.03.16

茶髪と長髪の問題

 プロ野球の世界で、「茶髪・長髪の選手は大成しない」
という言葉を残した監督がいます。
野球界の名将、野村克也さんです。
この言葉はよく誤解されます。

別に髪の色の問題ではありません。
監督が見ていたのは、もっと別のところです。
人間の心のエネルギーの向きです。
勝負の世界で結果を出す人は、
自分の関心のほとんどを仕事に向けています。
どうすれば打てるのか。
どうすれば勝てるのか。
頭の中の大半が
そのことに占領されているのです。

そういう人は、外見の演出に使うエネルギーが
自然と小さくなります。
逆に、外見に強い関心が向くとき、
エネルギーは分散します。
野村監督はその兆候を、
茶髪や長髪という形で
読み取っていたのでしょう。

この話は、不動産営業でも同じです。
売れる営業は、
実はとても地味です。
お客様の事情を考え、
物件の背景を調べ、
価格の意味を考え続けています。

つまり頭の中が
「仕事」で埋まっている。
その人の関心は
自分をどう見せるかではなく、
どうすれば役に立てるかです。

営業の差は、テクニックの差ではありません。
エネルギーの向きの差です。
どこに時間を使い、
どこに意識を向けているのか。
野村克也さんの言葉は、
髪型の話をしているようで、
実は仕事観の話なのです。

勝負は、見た目ではなく、
向いている方向で決まります。

今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。

2026.03.15

ネットフリックスの独占配信について

 スポーツというのは不思議なもので、
普段は野球を見ない人まで巻き込んでしまう力があります。
とりわけWBCのような国際大会になると、
その熱は一気に広がります。

ところが今回、その放送がNetflixによる
独占になるという話を聞いて、
なるほど時代はここまで来たのかと思いました。

昔はスポーツのビッグイベントといえば、
テレビ局の独壇場でした。家族で同じ画面を見て、
同じ瞬間に歓声を上げる。そんな風景が当たり前だったのです。

しかし動画配信の時代になり、コンテンツの主役は
すっかりプラットフォーム企業に移りました。
これは単なる放送権の問題ではありません。
コンテンツを誰が握るかという、ビジネスの構造そのものの話です。

ここで面白いのは、テレビ局が弱くなったというより、
プラットフォーム企業が強くなったことです。
コンテンツを持つ者が勝つのではなく、
視聴者との接点を持つ者が勝つ。
これは、「戦略ストーリーの主役が変わった」ということです。

ただ、もう一つ大事なポイントがあります。
野球というコンテンツの価値は、実はほとんど変わっていません。
変わったのは届け方です。つまりプロダクトは同じでも、
ビジネスモデルが変わると世界の見え方がまるで違ってくる。

不動産の世界でも似たことが起きています。
土地や建物そのものは昔からある。
しかし売り方、見せ方、情報の届け方はどんどん変わっています。
商品が同じでも、戦い方が変われば主役も変わるのです。

WBCの独占配信は、野球の話であると同時に、
ビジネスの主戦場がどこに移ったのかを教えてくれる
出来事なのかもしれません。
時代の変化というのは、案外こういうところから見えてくるのではないでしょうか。

今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。