アキバのつぶやき

2026.02.13

中森明菜のツアー再開の本質は“希少性の経営”

 中森明菜さんが二十年ぶりにツアーを開催されます。

多くの報道は「復活」と表現していますが、
私はそれを復帰ではなく、価値の再設計だと考えます。
二十年という時間は空白ではありません。
むしろ熟成の期間だったのではないでしょうか。

今の時代は出続けることが正義だとされます。
SNSで発信し、常に存在を示すことが
価値そのものだと信じられています。

しかし中森明菜さんは違いました。
あえて出ない。語らない。説明しない。

その選択によって彼女は、
消費される歌手ではなく、記憶される存在になりました。

市場には二種類あります。
いつでも手に入るものと、簡単には手に入らないものです。
前者は価格で競争します。
後者は意味で競争します。
中森明菜さんは後者の側に立ちました。
時間そのものを価値に変えたのです。

今回のツアーは新曲の販売促進ではありません。
人生の記憶を取り戻す機会の提供です。

人は音楽だけを聴きに行くのではありません。
あの頃の自分に再会しに行くのです。
露出を増やすことだけが戦略ではありません。
沈黙を資産に変えることもまた戦略です。

企業も同じではないでしょうか。
安売りを続ける企業は理由を語り続けます。

しかし本当に強い存在は、
静かに価値を提示するだけです。
復活とは元に戻ることではありません。
離れていた時間ごと、価値に変えることです。

中森明菜さんのツアーは、
時間を味方につけた者だけが持てる
本当の存在感を示しているのだと思います。

今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。

2026.02.12

結果の受け止め方で、未来がかわるのだ!

 今回の選挙結果を見て、多くの人は「自民党の圧勝」と言いました。
しかし、冷静に数字を眺めると、実態はまったく違う風景が見えてきます。

 自民党が圧勝したのではありません。
「自民党以外が選ばれなかった」だけなのです。

 これは、勝利の物語ではなく、選択肢の不在という構造の問題です。
本来、民主主義とは複数の選択肢の中から最適解を選ぶ仕組みです。
ところが現実は、「消去法の政治」になっています。

・野党は理念が分からない
・政策はバラバラ
・政権を担う現実感がない

 こうした状況の中で、有権者は積極的に自民党を選んだのではなく、
「他よりはマシ」という理由で自民党に投票したにすぎません。

 つまり、自民党の強さは、競争相手の弱さによって成立しているのです。
これは企業の世界でもよくある話です。

圧倒的なブランド力がある企業よりも、
「代替案がないから選ばれている企業」の方が実は多い。
競合が育たなければ、既存企業は勝ち続けます。

 しかしそれは、本質的な競争力が高いことを意味しません。
政治も同じです。
自民党は政策的に圧倒的だったわけでも、
未来像を明確に示したわけでもありません。

 それでも勝てた理由は、
「不安より現状維持を選ぶ心理」が働いたからです。
人間は、未知のリスクより、既知の不満を選ぶ生き物です。

 多少不満があっても、見えない未来よりは、
見慣れた現実の方が安心できる。
これが、自民党政治の最大の強みです。

 しかし、この構造は同時に危うさも孕んでいます。
競争がない市場では、企業は必ず劣化します。
政治も例外ではありません。

 本気の対抗勢力が存在しない限り、
政策は磨かれず、説明責任も弱くなり、
政治は徐々に「惰性の装置」へと変わっていきます。

 自民党圧勝の本質とは、
「自民党が強い」という事実ではなく、
「日本の政治市場に競争がない」という現実なのです。

 そして本当に問われているのは、自民党の勝利ではなく、
有権者が選べる未来がどれだけ存在しているか、ということです。
圧勝とは、栄光ではなく、警告なのかもしれません。

今日も、「アキバのつぶやき」にお立ち寄りくださり、ありがとうございます。

2026.02.10

温暖化か、寒冷化か?

 高気密高断熱住宅は寒冷化への備えではありません。
地球が寒くなるから推進されているのではなく、
気候が読めなくなったからです。

 猛暑と寒波が同時に起き、平均値が意味を持たない
時代になりました。

 高断熱とは寒さ対策ではなく、外部環境を室内に
持ち込まない仕組みです。

 暑くても寒くても、室温を安定させる
緩衝材の役割を果たします。

 政策が恐れているのは寒さよりも夏の暑さです。
日本の住宅は熱がこもり、高齢者の命に
直結するからです。

 さらにエネルギー価格は国際情勢で大きく揺れます。
使う量そのものを減らせる住宅は、国家の保険になります。
高気密高断熱住宅は未来予測への賭けではなく、
外れても困らない構えです。

 戦略とは当てることではなく、生き残る形を
先につくることです。

今日も「アキバホームのつぶやき」にきて頂きありがとうございます。

2026.02.09

業者のポジショントークでは、売れもせず、仕入れもできず!

 不動産営業の現場にはひとつの誤解があります。正しく説明すれば顧客は動くという誤解です。
価格や立地や利回り。数字を並べ、論理を語る。顧客はうなずく。しかし契約には至らない。

 なぜか。人は論理では動かないからです。提案だけで動く人はいない。
正論で動く人もほぼいない。不動産営業の本質は説得ではないのです。

 人は説得では動かない。自分で決めた時に動く。「今が買い時です」それだけでは決断しない。
「人気の物件です」それでも心は動かない。なぜならそれは他人の言葉だからです。

 不動産の決断とは人生の決断そのもの。住宅ローンとは三十五年以上への投票です。
立地選びとは家族の未来への選択。この重さは提案や示唆だけでは動かせない。

 優れた営業は提案や示唆をしません。代わりに問いを設計します。
十年後の暮らしはどうなっていますか。この物件を逃せばどんな未来になりますか。
この家を選んだ理由を誰に語れますか。問いが生まれた瞬間、顧客は考え始めます。

 その時、人は動く。どれだけ条件が良くても理由がなければ決断しません。
不動産営業とは物件を売る仕事ではございません。顧客の意思決定を設計する仕事です。

 提案や、成約事例の提示によって誘導するだけで売る営業は、短期的には成果が出るでしょう。
しかし信頼も紹介も長くは続かない。顧客が「動かされた」と感じるからです。

 自分で決めた顧客は必ず営業を評価する。あなたがいたから決断できたと言う。
人は意味で動くのです。納得で動く。そうです、自分の選択だと感じた時に。

 不動産営業とは顧客の人生の選挙に選択肢を掲げて立候補する仕事なのです。

 今日も「アキバのつぶやき」に来てくださってありがとうございます。

2026.02.08

不動産価格の暴落が教えてくれる戦略の正体

 金相場はここ数日、大暴落を続けています。一方で不動産価格は、しばしば「下がりにくい資産」と語られます。土地は有限であり、人口は都市に集中し、建築コストは上昇する。したがって、不動産は長期的に値下がりしない。

 この物語は、不動産業界において半ば常識のように共有されています。しかし、相場はいつも、この「常識」を裏切る形で動きます。ある日突然、取引が止まり、価格が下落し、買い手が消える。その瞬間、多くの人がこう言います。

 「想定外だった」と。でも、経営学者に言わせると
、想定外なのではありません。想定していなかっただけですと。
不動産価格が上昇している局面では、人々の関心は「価値」ではなく「物語」に向かいます。

 再開発、インバウンド、金利の低位安定、人口流入。これらの要因が一つのストーリーとして語られ、不動産は「買っておけば間違いない資産」に変換されます。
しかし、価格を支えているのは、土地そのものの価値ではありません。価格を支えているのは、「これからも上がる」という期待です。

 期待がある限り、取引は成立します。期待が剥落した瞬間、価格は意味を失います。例えば、金利がわずかに上昇しただけで、住宅ローンの負担感は急激に変わります。金融機関の審査基準が少し厳しくなっただけで、買い手は消える。人口動態が変わったわけでも、土地が消えたわけでもありません。それでも市場は冷え込む。

 つまり、不動産市場が崩れるとき、壊れているのは「価値」ではなく「前提条件」です。ビジネスにおいても同じ構造があります。上手くいっている事業ほど、「前提」を疑わなくなる。売れている商品ほど、「なぜ売れているか」を考えなくなる。不動産価格の調整局面は、単なる景気循環ではありません。

 「成功体験がどれほど脆いか」を可視化する装置です。不動産とは、本来、長期の資産です。にもかかわらず、人々は短期の物語で判断する。このギャップこそが、相場の変動を生む本質です。

 結論は単純です。不動産市場で本当に怖いのは、暴落ではありません。怖いのは、上昇が続いているときに、誰も疑問を持たなくなることです。相場が静かなときほど、戦略は試されている。
 不動産市場とは、価格の市場であると同時に、「思考の市場」なのです。

今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。