アキバのつぶやき
2026.03.04
戦争はただの自己を守るめくらましなのか?
トランプ大統領が、イランを攻撃しました。
するとすぐに出てくるのがこの物語です。
この手の説明は、実に分かりやすいです。
ビル・クリントン大統領が弾劾問題の最中に、軍事行動を取ったとき、
「目くらましだ」という批判が噴き出しました。いわゆる“逸らし戦争”仮説です。
でも、仮説は仮説に過ぎない。
そもそもイラン問題は突発的なテーマではない。
何十年も続く地政学の構造問題です。
これを「スキャンダル隠し」で説明するのは、
複雑な数式を四則演算で解こうとするようなものです。
株価は揺れ、原油は跳ね、議会は騒ぎ、同盟国は神経質になる。
支持率が必ず上がる保証などどこにもない。リスクが高すぎる。
では動機は何か。
対外強硬姿勢はスキャンダル対応ではなく、ブランド戦略の中核です。
アクセルを踏むのがデフォルト。ブレーキはない。
そこで問うべきは、この軍事行動は、長期戦略に整合しているのか。
しかし国家はドラマで動いていない。利害で動いている。
ですが現実は、もっと退屈で、もっと冷酷です。
今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。
2026.03.02
京アニ
偶々お昼に、お客様宅で会話しているときに、
京アニの話題になりました。
それは、2019年のあの日から、時間は確実に流れているはずなのに、
心のどこかは止まったままだという人も少なくないでしょう。
作品数を量産するわけでもない。むしろ逆です。
一本一本を、手間暇をかけて磨き上げる。
まるで工芸品のように、アニメーションを作る。
そこに徹するという戦略でした。
2019年の放火事件は、会社から多くの才能と未来を奪いました。
しかしその後の京アニは、被害者であることに寄りかからなかった。
静かに、しかし確実に制作を再開し、作品を世に送り出した。
その姿勢こそが、企業としての本質を物語っています。
逆境に置かれたときに、何を守るかです。
京アニは「作り手を守る」ことを選びました。
下請け構造に依存せず、正社員中心で育てる。
効率よりも蓄積を重んじる、この非効率に見える選択が、
他社には真似できない独自性を生んだのです。
八田社長の死去は、一つの時代の終わりかもしれません。
しかし、京アニという会社が体現してきた思想は、
作品の中に、組織の中に、確かに残っています。
戦略とは、ポジショニングではなく「やらないこと」を決めることだと言われます。
京アニは、安易な拡大をやらなかった。
スピード優先をやらなかった。その代わりに、信頼を積み重ねた。
その人格が残るかどうか。それが本当の経営の評価でしょう。
今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。
2026.03.01
文書が暴くもの、私たちが見たいもの!
故ジェフリー・エプスタインをめぐる文書公開が、
世界中で大きな関心を集めています。
そこに誰の名前があるのか。
何が書かれているのか。
しかし私は、
少し違う角度からこの問題を考えたいのです。
文書とは事実の集合です。
けれども、事実が並んだからといって、
真実が立ち上がるとは限りません。
人は文書を見るとき、
無意識に「物語」を探します。
悪者は誰か。
黒幕はいるのか。
すべてを説明する一本の線を引きたがる。
けれど現実は、
そんなに整然とはしていません。
文書が示すのは断片です。
日時、会食、連絡記録。
それ自体は意味を持たない。
意味を与えるのは私たちです。
ここに危うさがあります。
不確実な情報空間では、
人は「単純な説明」に安心します。
複雑な世界より、
分かりやすい陰謀の方が心地よい。
戦略論で言えば、
これは情報の非対称性の問題です。
断片的な情報に、
過剰な意味を付与する。
重要なのは、
文書に何が書かれているか以上に、
どう読むかです。
透明性は必要です。
しかし透明であればあるほど、
受け手のリテラシーが問われます。
文書は光を当てます。
けれど同時に、
私たちの思い込みも照らし出します。
暴かれているのは誰か。
もしかすると、
私たちの「見たいもの」なのかもしれません。
今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。
2026.02.28
説得術は幻想だ!
「これさえ言えば決まる」。どんな業界の営業パーソンなら、飛びつくキャッチフレーズです。
そんな魔法の一言があると、人は信じたがります。
けれど、ひとりの人間は一つの感情で生きていません。朝は不安、昼は合理、夜は孤独。
同じ人物でも、時間と状況でまるで別人になる。
この前提に立てば、万能の説得術など存在しないことは明らかです。
多くの失敗はここから始まります。相手を「属性」で固定する。
「慎重な人」「論理的な人」ラベルを貼った瞬間に、揺らぎを見失う。
人は矛盾のかたまりです。安心したいのに挑戦したい。
損は嫌だが、得も逃したくない。
説得とは、この揺らぎのどこに触れるかの営みです。
技ではありません。構造です。人は新しい感情では動きません。
すでに内側にある感情に名前が与えられたときに動きます。
「今が買い時です」では響かない。
しかし、「本当は金利が上がる前に動きたいと思っていませんか?」と問われたとき、
相手の中の曖昧な不安が輪郭を持つ。
説得とは植え付けではない。掘り起こしです。
戦略に必勝法がないのと同じです。環境が変われば最適解も変わる。
相手が揺れれば言葉も変わる。だから、「これだ」という型を探す人ほど、空振りを重ねる。
必要なのは技術のコレクションではない。相手の文脈を読む姿勢です。
万能の説得術は幻想です。けれど、相手の揺らぎを尊重する構えは本物です。
説得とは勝つことではない。相手の内側と静かに接続することなのです。
今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。
2026.02.27
価格は価値ではない!
最近、不動産投資詐欺のニュースが報道されていました。
不動産の世界にいると、ときどき奇妙な誤解に出会います。
「高く売れた=価値が高い」「安く買えた=得をした」。
本当にそうでしょうか。価格とは、市場で成立した“合意”です。
一方、価値とは、将来にわたって生み出す便益の総和です。
両者は似ているようで、まったく別物です。
たとえば、一定の収益力がある物件を、「立地が弱い」「需要が落ちる」と理由を並べ、
安く買い取る。これは詐欺でしょうか。
答えは単純ではありません。虚偽を告げ、重要な事実を隠せば、
それは法の領域に入ります。しかし、リスクや手間を引き受け、
売主が納得して売却するなら、それは交渉です。
下取り再販とは何か。時間と不確実性を買い取るビジネスです。
在庫リスク、市況変動、修繕費、売れ残るかもしれない恐怖。
それを引き受ける対価がディスカウントです。
問題は価格差ではありません。問題は説明の質です。
「本当は売れるのに売れないと言う」
「再開発を知りながら伏せる」それは価値の歪曲です。
価格は交渉で決まる。
しかし価値は、事実と将来から生まれる。
戦略とは、一度の取引で勝つことではなく、信頼を積み上げることです。
売主が後から市場を知り、「だまされた」と感じた瞬間、
価格は成立しても、価値は毀損します。
価格は数字です。価値は関係です。
この違いを見失ったとき、ビジネスは短命になります。
儲けたかどうかではない。続くかどうか。価格は価値ではない。
だからこそ、価値を語れるプレイヤーだけが長く残るのです。
今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。
- 1 / 79
- »