アキバのつぶやき

2026.03.12

カリスマ経営者とは

 会社というものは、もともと誰かの強烈な意志から始まります。
ニデックもまさにそうでした。
永守氏の有名な「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」という言葉に象徴されるように、
企業の初期段階では創業者の個性がそのまま会社の個性になります。
むしろそれがなければ会社は立ち上がりません。

ところが、企業が大きくなると話は変わります。
創業者のカリスマで引っ張るフェーズから、
組織として自律するフェーズへ移らなければならない。
ここが企業経営の最も難しいところです。
創業者の強さが会社の強さだったはずなのに、
その強さが次の成長の制約になることもあるからです。
永守氏はこれまで何度も退任と復帰を繰り返してきました。
これは優柔不断というより、創業者に特有のジレンマでしょう。
自分が作った会社ほど、手放すのは難しい。

しかし、企業が長く続くためには、創業者の手を離れる瞬間もまた必要です。
企業経営とは不思議なものです。最初は「個人の物語」で始まるのに、
最終的には「組織の物語」へと移行しなければならない。
永守氏の退任は、ニデックという会社が
まさにその転換点に差し掛かっていることを示しているのかもしれません。
創業者のカリスマで伸びた会社が、その後も強い会社であり続けるのか。
それとも創業者とともに輝きを失うのか。企業の本当の実力は、
むしろ創業者がいなくなってから試されるのだと思います。

今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。

2026.03.09

不動産取得税の改正について雑感

不動産取得税が53年ぶりに見直されるというニュースがありました。
普通の人は「税金が変わるのか」で終わります。しかし不動産営業の目線では、
ここで見るべきポイントは別のところにあります。税金というのは、国のメッセージです。
何を増やしたいのか、何を減らしたいのか。税制を見ると、その意図が透けて見えます。
これまでの日本の住宅政策は、はっきり言えば「新築中心」でした。
住宅ローン減税も、補助金も、税制も、新しい家を建てる方向に強く働いてきました。
高度成長期ならそれで良かったのです。家が足りなかったからです。

ところが今は違います。家は足りないどころか余っています。空き家は増え、
人口は減り、地方では住宅が市場に出ても買い手がつかない。
そんな時代に入っています。今回の取得税の見直しは、
税率が劇的に変わるという話ではありません。
むしろ制度の「メンテナンス」に近いものです。ただ、その背景にある問題意識ははっきりしています。

不動産市場をどう回していくのか。新築だけではなく、中古住宅や既存ストックをどう活かすのか。
営業の現場でお客様に伝えるなら、こういう話になります。
「税金の制度が動くということは、市場も動く可能性があるということです」。
不動産はタイミングの商売です。税制が変わると、人の心理が変わります。
人の心理が変わると、市場が動きます。税金のニュースをただの制度変更として聞くか。
それとも市場の変化のサインとして読むか。この差が、営業の差になるのだと思います。

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2026.03.08

国際女性デーに思うこと

 今日三月八日は、国際女性デーです。ニュースでは毎年のように、
「女性の活躍」や「ジェンダー平等」という言葉が並びます。
社会にとって大切なテーマであることは間違いありません。
ただ、少しだけ別の角度から考えてみたくなります。

たとえば「女性初の〇〇」という言葉です。
女性の進出を祝う意味で使われる言葉ですが、
私はそろそろ、この言葉を死語にしてもよいのではないか、
そんなことを思うようになりました。

なぜなら、本来は性別で区切る必要のない話だからです。
「初めての女性大臣」「女性初の社長」「女性初の学長」。
確かに歴史的な意味はあります。
しかし、その言葉が使われ続ける限り、
どこかに「本来は違う」という前提が残ってしまう気もします。
社会の常識は、気づかないうちに変わります。
昔は特別だったことが、いつの間にか普通になります。

もし本当に男女が自然に社会を担うようになれば、
「女性初」という言葉自体が必要なくなるはずです。
国際女性デーは、女性を特別に称える日というより、
社会の当たり前を静かに見直す日なのかもしれません。
本当に目指すべき姿は、女性が活躍する社会というより、
活躍している人を、ただその人として見る社会でしょう。
そんな社会になったとき、「女性初」という言葉は、
きっと役目を終えています。そしてそれは、決して残念なことではなく、
むしろ社会が一歩成熟した証なのだと思います。

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2026.03.07

卒業シーズンで浮かぶ歌は?

 三月になると、街の空気が少しだけやわらぎます。

寒さはまだ残っているのに、どこか浮き足立ったような空気。
駅のホームやコンビニで、制服姿の学生を見かけると、
ああ卒業の季節だなと思います。

この時期になると、ふと頭の中に流れてくる歌があります。
人それぞれ違うのでしょうが、私の場合はユーミン。
特別に好きだったわけでもないのに、
なぜかこの季節になると、思い出したように口ずさんでしまうのです。
不思議なものです。

当時は歌詞の意味など深く考えもしなかったのに、
年月がたつと、言葉のひとつひとつが妙に胸にしみたりします。
卒業という言葉には、少しだけさびしい響きがあります。

けれど実際の人生を振り返ってみると、
人は何度も小さな卒業を繰り返して生きているのかもしれません。
学校だけではありません。職場、住まい、人間関係。
気がつけば、いくつもの場所から静かに卒業してきました。
だからでしょうか、卒業ソングを聴くと、学生時代そのものよりも、
その後に歩いてきた時間まで一緒に思い出されます。

誰にでも一曲くらい、三月になると自然に浮かんでくる歌があるのではないでしょうか。
その歌はきっと、その人が通り過ぎてきた季節のしるしなのだと思います。
さて、あなたの卒業シーズンの歌は何でしょうか。
少し立ち止まって思い出してみるのも、この季節の楽しみかもしれません。

今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。

2026.03.06

あなたは何を卒業しますか?

 卒業シーズンになると、毎年のように「旅立ち」という
言葉があちこちで聞かれるようになります。けれども、
私はこの時期になると、少し違うことを考えます。
卒業というのは、実はそれほど大きな出来事ではないの
ではないか、ということです。もちろん当人にとっては
区切りでしょう。しかし、人生という長い時間軸で見れば、
単なる通過点にすぎません。

学校を卒業したからといって、急に何かができるように
なるわけではありませんし、逆に学生の肩書が取れたか
らといって、昨日までの自分が消えるわけでもありませ
ん。人は、そんなに劇的には変わらないのです。
むしろ大事なのは、卒業のあとです。多くの人はここで
「新しい自分になろう」とします。ですが、だいたい長
続きしません。人間は決意では変わらないからです。

変わるとすれば、日々の行動の積み重ねだけです。派手
な節目よりも、地味な習慣の方がはるかに強い。これは
ビジネスでも人生でも同じです。
だから私は、卒業シーズンを見るたびに思います。
大切なのは、卒業式のその日ではありません。むしろ
その次の日の、何でもない一日です。
拍手も祝辞もない普通の日に、何をするのか。
そこに、その人の本当の物語が始まるのだと思います。

今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださって、ありがとうございます。