アキバのつぶやき
2026.02.22
涙について
冬季オリンピックが始まり、結果としてメダルが授与されます。
大舞台の後、金を逃して泣きじゃくる姿に違和感を覚える人がいます。
「努力不足と受け止めるなら、泣くはずがない」。そう考えるのも一理あります。
ビジネスの世界では、結果はすべて自己責任。
足りなかった、と淡々と総括して次へ進むのが美徳とされます。
一方で、かつて柔道の篠原信一氏は、
シドニーオリンピックの決勝で物議を醸す判定により銀メダルとなりました。
相手はダビド・ドゥイエ。
多くの人が「誤審ではないか」と感じたあの一戦で、彼は大きく取り乱さなかった。
泣かなかった。
その姿に「本物の強さ」を見る声もあります。
では、泣かなかった篠原氏が強く、泣いた選手は弱いのでしょうか。
ここで問うべきは、涙そのものではありません。
涙はアウトカムではなく、プロセスの副産物です。
オリンピックは四年に一度。しかし選手にとっては十年単位の時間の集積です。
他の可能性を捨て、そこに賭けることです。
恋愛も、別のキャリアも、普通の生活も脇に置く。
その「捨てた総量」が大きいほど、負けたときの感情は大きくなる。
泣くのは、未熟だからではない。やり切ったと分かっているからこそ、感情が溢れる。
篠原氏の態度は一つの美学です。
審判も含めて競技だと引き受け、自分の内側で物語を完結させるスタイル。
感情を外に出さない強さです。
一方、涙をさらす選手は、自分がどれだけ勝ちに執着していたかを隠さない。
これもまた強さです。どちらが正解かという話ではありません。
それはスタイルの違いです。
ビジネスでも同じです。本気で取りにいった案件ほど、失注したときにこたえる。
平然としているから強いのでも、悔しさを見せるから未熟なのでもない。
重要なのは、そこまで賭けていたかどうか。そして次にどんな一手を打つかです。
涙は評価軸にならない。評価軸は、賭け金の大きさと、その後の行動です。
強さとは、感情の有無ではなく、戦略への一貫性なのだと思います。
今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださってありがとうございます。
人生にはいろいろな出来事があります。一喜一憂することなく、
すべてを天からのギフトとして感謝に振り替えたいものですね。