アキバのつぶやき

2026.02.21

読書をする人と、しない人の違いは、どこにあるだろう

 毎日欠かさず、読書するという人もいますが、
全く本は読まないという人もいます。
その大きな違いはどこにあるのか、気になりました。

  では、読書はなぜするのか。
知識のためでしょうか。教養のためでしょうか。
私は最近、少し違う角度で考えています。

 「発信するから読む」という姿勢です。
 人に伝える前提で本を開くと、読み方が変わります。
流し読みができなくなります。

 分かった“気”では済まなくなります。
たとえば経営書を読むときでも、
「これを自分の言葉で説明できるか」と
問いながら読むと、曖昧な理解が露呈します。

 著者の主張の骨格は何か。前提は何か。
反論は可能か。そこまで踏み込まないと、
発信には耐えません。
 つまり発信とは、読書の圧力鍋です。
理解を加圧する装置です。
外に出すと決めた瞬間、思考は一段深く潜ります。

 もちろん危うさもあります。
人にウケるフレーズだけを拾う。
引用を並べて満足する。冊数を競う。
 これでは本は自己演出の小道具になります。
それは読書ではなく消費です。

 健全なのは、自分の理解を検証するための発信です。
読書→解釈→再構成→発信。
この循環が回ると、本は情報源ではなく、
思考の筋トレになります。
 人は孤独です。
最終的には自分の頭で決めるしかありません。
だからこそ、他者の言葉を借りながら、
自分の言葉に鍛え直す。

 発信を前提に読む人は、他者の視線という負荷をかけて、
思考を鍛えています。
私はそれを、かなり戦略的な読書だと思っています。

今日も、「アキバのつぶやき」に来てくださってありがとうございます。

意味と目的のある行動を心掛けていきたいものですね。

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