アキバのつぶやき

2026.01.11

あけおめ退職って、モウムリ!

 年明け早々に「退職しました」という報告がSNSに流れる。いわゆる「あけおめ退職」です。勢いがあって清々しい、と感じる人もいれば、無責任だと眉をひそめる人もいるでしょう。しかし、ここで大切なのは善悪の議論ではなく、「なぜこの現象が繰り返し起きるのか」という構造を考えることです。

 まず、年末年始という区切りは、人の意思決定を過大に後押しします。これは合理的というより、心理的な装置です。一年を振り返り、新しい年に「何者かになりたい」という気分が高まる。その高揚感が、退職という不可逆的な意思決定を正当化してしまう。戦略論的に言えば、これは「感情が主導権を握った意思決定」です。

 一方で、企業側の視点に立てば、あけおめ退職は突発的な事件ではありません。むしろ、静かに蓄積されてきた不満や違和感が、年末年始というトリガーで表出した結果にすぎません。突然辞めたのではなく、「とっくに辞めていた」のです。物理的に席を立ったのが年明けだった、というだけの話です。

 問題は、退職そのものではありません。本質的な問いは、その人にとって「辞めること」が戦略になっているかどうかです。次の選択肢が曖昧なまま辞めるのは、自由ではなく単なる不確実性の増幅です。選択肢が増えるどころか、むしろ減ってしまうケースも多い。

 戦略とは、やらないことを決めることだと言われます。退職も同じです。何をやらないのか、ではなく、「何に集中するために辞めるのか」が言語化できているかどうか。ここが曖昧なままのあけおめ退職は、後から効いてきます。

 新年は希望に満ちた季節です。しかし、希望は戦略の代わりにはなりません。気分で辞めることはできても、構造からは逃げられない。あけおめ退職という軽やかな言葉の裏側には、いつも重たい現実が静かに横たわっています。

 だからこそ、辞めるかどうかよりも、「なぜ今なのか」「その先で何を取りにいくのか」。この二つを自分の言葉で説明できるかどうかが、あけおめ退職を単なるイベントにするか、意味のある転機にするかの分かれ目なのだと思います。

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