アキバのつぶやき

2025.07.22

異端児

 昨日、宇治市で空き家を所有されている、所有者様のお宅に訪問しました。突然の訪問にもかかわらず、ご面談のお許しを頂き世間話をしておりましたら、何と枚方市の高等学校で社会を教えておられたことがあり、主に政治経済が主とのことでした。同時に弊社が枚方市にあり、ご縁を感じました。


 当然のこと、自公で過半数を割り込んだ、先日の参院選の話になりました。今回の選挙は、世界の潮流に乗った、イメージ選挙だったなぁというご感想でした。そんな中、石原莞爾(いしわら かんじ)という人物の話になりました。

 
 昭和初期の軍人として語られることが多いですが、その思考は単なる軍国主義者の枠を超えています。彼は「最終戦争論」を提唱し、日米の戦争は不可避であり、最後は正義と正義が衝突する世界戦争になると予見しました。そのため、日本は道義国家として精神的に高いレベルに達しなければならないと説いていました。


 1931年の満州事変では関東軍参謀としてその開戦を主導し、国際社会に衝撃を与えました。しかし、彼の真意は単なる侵略ではなく、東アジアの秩序を再構築し、日本が西洋帝国主義に対抗する精神的リーダーになることにあったとされます。彼は「世界最終戦争」に備えるという壮大な構想のもと、中国との協調を重視し、後に軍部の強硬派から異端視されるようになります。




 また、彼は天皇機関説を支持し、国体論を絶対化する当時の風潮にも批判的でした。その思想は、軍の中にあって孤立を深め、次第に表舞台から退くこととなりますが、戦後は占領軍にも参考にされるほどの先見性があり、マッカーサーが一番恐れた人物と、言われるに至りました。
 戦争を単なる勝ち負けではなく、人類の精神的進化の中で捉えようとした石原莞爾。彼の思想には危うさと同時に、一種の倫理観と理想主義が混在していると思うのです。


 現代の私たちが、彼をどう評価するかは分かれるところですが、「ただの軍人」では収まらない存在であることは確かです。もう少し石原莞爾を知るために、考察を深めたいです。また、昭和という時代の奥深さに触れることでもあると思えてなりません。


 どんな時代でも、激動の歴史に人は惹かれるのだと、お客様の感想に深く感銘し、面談していただいたことに感謝して,帰社の途につきました。

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